◆宗旨替え

シュウメイギク

コチトラ、無神論者だが、数々の災厄に遭遇し、この度、過去の過ちを悔いて、新たにキリスト教に入信することになった。アーメン、ラーメン、コンチクショウなんちゃって、それは真っ赤な嘘、実は長い間実行してきたあることを、年齢を考慮して、過激な方法から緩い方式へと変換することを決意し実行しているのである。
それって、とても大事な儀式だった入浴法である。熱湯浴から温浴に舵を切ったということになる。むろんいままでの入浴法を全面否定したわけではない、イヤイヤ変えたのである。

これまで頑なに守り通してきた入浴法が高齢者には危険きわまりないもの、って漸く理解したのである。これまでどんな寒中でも、ガンガンに湧かした熱湯に、恐る恐る足から入り、全身を埋める。ちょっとでも動くと熱波が襲ってくるから、約10分間、ジッと我慢の子、痺れるような熱さにジッと耐える。ひたすら耐えていると、やがてアチコチから汗が吹き出し、ついには頭頂付近から、蝦蟇の油みたいな濃厚な汗がしたたり落ちてくる。これは身体の奥底から絞り出された汗の元である。

こうなったらしめたもの、直ちに風呂を飛び出し、裸のまま、ベランダへ一直線、火照った身体と、ひっきりなしにしたたり落ちる汗を寒風にさらす。むろん、目をつぶって、うずくまっているのだが、間もなく天体の音楽が聞こえてきて、恍惚状態に突入する。この瞬間こそ待ち望んだ「春宵値一金」、魂は夢幻の空間に飛び出し、ひたすら恍惚を追い求める。およそ、10分ほどの短い瞬間だが、やがて汗が出尽くし、恍惚感が消えてゆく。1度か2度、つぶっている目の中に赤い光が差し、天井から声がこちらへいらっしゃいと手招きする。さすがにたまげてしまって、目を見開き現実へ回帰できたが、あれは明らかに死への誘惑だったね。

いまや身体のアチコチが傷んでいる。こんなことを続けていると、間違いなくあの世へ旅立ってしまいそうだ。であるからして、いやいや温浴法に切り替えた。これは温めの湯に胸まで浸かり、約20分間入浴するということ。風呂場にタイムスイッチとメガネ、文庫本を持ち込む。なにもしないで、ただぬるい湯に浸かっているのは、退屈きわまりないし、こういう時に限って時は悠長に進んでいくのだ。

最近推奨されている温浴だが、とにかくじれったいし、あんなのが身体にいいとも思えない。湯上がりもぱっとしないし、一番大切な恍惚感なんて影も形もありゃあしない。これじゃあ入浴も楽しくないし、けっきょく、きのうから、やや熱めの湯にドップリ浸かることにした。時間は約5分、恍惚感も少ないながら味わえるし、身の安全も確保できそうだ。確して、折角宗旨変えしようと挑んだものの、温浴法は三日坊主ということになった。