◆ヤジ馬

マーガレットコスモス

滅多に見ないけれど、偶に見ると国会でのヤジ合戦は凄いものがあるね。議場のアチコチの発せられるヤジは品性下劣なものが多く、これが国民の選良たる国会議員の言辞とはとても思えない。議論で負けそうになると、ヤジで対抗することしかできない、こんな先生方を国会の送り込んだ選挙民の罪も大きいね。ただ、演説より野次合戦の方が良く聞こえるだけに、こういうのって利害関係なしに見てると、「イヨー大統領」なんて、思わず場外から声の一つでも掛けたくなる。

さて、野次馬の語源となったのは「親父馬」である。牡馬は年を取ると、まったく使い物にならなくなる。自主性を失って若い馬の後ばかりついてまわる。その親父馬(おやじんま)が「ヤジ馬」になったのである。また、そんなことから「尻馬」という言葉まで出来た。「ヤジ馬」というのは、しょせん人の後ろにくっついていって、自主性に欠けた言葉を投げかけるだけというわけだ。烏合の衆、衆愚と同じで、あまり褒められた話ではない。てっきり十返舎一九弥次喜多から来たもんだったと思っていたね。

「かわりばんこ」にブランコに乗るのよ、なんて親はこども達にいう。この語源はその昔、鉄の精錬などをする時には、鞴(ふいご)という風を送る装置を使っていた。この装置の踏み板を「タタラ」という。昔はモーターの代わりとして労働者たちが交代しながらこの「タタラ」を踏み続けた。この労働者の事を「番子」と言っていた。ここから転じて、交代で何かをする「かわりばんこ」という言葉が生まれたのだ。ちなみに、「勢いあまって、踏みとどまろうとしつつも数歩あゆむ」、という意味の「タタラを踏む」という言葉もここから生まれた言葉。

「堂々めぐり」 話し合いや議論がいつまでも同じようなところでぐるぐる回って少しも前に進まなという意味だが、この言葉は京都・清水寺が由来だといわれているそうだ。本堂裏の廊下の側面の木に、木目に沿って溝が掘られている。これは、昔お百度参りをした人々が、夜真っ暗で辺りが見えない為に、目印として本堂につけた傷だと言われている。お堂の周りをぐるぐる回るこの行為を、「堂々巡り」と言い、現在でいう所の「堂々巡り」の語源ともなった。

「別嬪」名古屋地方の方言から生まれたと言われている。ふつうの品とは違う特別、格別の品のことを「別品と言っていたことがもとになっている。それに高貴な女性を意味する「嬪」という漢字をあてて、とびきりの美人という意味で使われるようになった。嬪(ひん)は、天皇の后の名称のひとつで、明文化された「律令」では、「妃=皇女、夫人=大臣の娘、嬪=それ以下」という分類が定められていた。唐では、「妃」が夫人の称号として一般的に用いられて、細分として「夫人」と「嬪」を区別していたようだ。 ウナギ説もあって、これまた興味深いのだが、紙面が尽きた、またとしよう。