◆天声人語

タチアオイ

<お天気にもよりけりだが、この季節の黄昏どきはずいぶん長い。夏至のきょう、東京だと4時25分に昇った太陽が7時ちょうどに沈む。〈夕刊のあとにゆふぐれ立葵〉友岡子郷。日没までの長い明るさには、どこか夏らしい開放感がある。タチアオイは梅雨どきの花だ。今の時期、主役がアジサイなら、この花は気っぷのいい脇役の趣がある。茎はまっすぐ大人の胸ほどに伸び、下の方から薄紅や紫に咲き始める。日に日に咲き昇り、一番上が開くころ梅雨が明けるとされる>

<とはいえ、先はまだ長い。天気予報を眺めれば、青い傘マークが続いて、しばらくは素潜りで水の中をゆく気分だ。住宅街を歩くと湿気にのってクチナシの香が流れてくる。こちらは少し陰のある、美しき準主役といったところか。「六月は恵まれない月」だと俳人の今井千鶴子さんが小紙に寄せていた。まず祝祭休日がない。食べ物はいたむ。雨が続いて、歳時記を繰れば螻蛄(けら)・蛞蝓(なめくじ)・蚯蚓(みみず)・蛭(ひる)・蚰蜒(げじげじ)……など陰鬱な生き物がずらり並ぶ、と。そう言うご自身、6月の生まれなのだそうだ>

<言われて眺め直すと、できれば遠慮したい生き物を表す漢字は、迫力満点だ。〈蛞蝓といふ字どこやら動き出す〉後藤比奈夫。だが、やせ我慢して言えば、なかなか豪勢な生物多様性ぶりでもある。煙る雨の奥の、盛んな生命を思ってみる。黄昏どきに話を戻せば、「梅雨の夕晴れ」は美しい。雲で暗かった空が、夕刻に明るさを増すときなど、どこか浮き立つ風情がある。天も地も、ともに多彩な「水の月」である> (以上、6月21日付け朝日新聞天声人語」より)

関東地方が梅雨入りすると気象庁が宣言した後、連日からっとした好天が続き、気象庁の面目丸つぶれである。天気予報図をみると、沖縄近辺にあった梅雨前線が北上し、日本列島を横断する配置図だった。確かに九州・中四国、東海地方は梅雨時ならぬ大雨に見舞われたようだが、関東地方とりわけ東京にはバリアーでも張り巡らされてでもいるように、大甘とは無縁のような韋駄天じゃあなかった、毎日ピーカンである。

予報が何故外れたのかという弁明は一切ないようだね。天気予報はNHKしか見ないが、どの担当者もしれっとした顔して、またも外れるような予報をもっともらしくうそぶいている。関東地方、特に東京周辺はここ数年、ダレが見たっておかしいような気象状態が続いている。冬がなくなり、春と秋はちょっとだけ、あとはほぼ夏に近い季候になっている。明らかに亜熱帯特有の現象である。天気予報も外れるのが当たり前みたいな顔をせずに、気候変動を加味した正確な予報を出すべきだろう。お陰様で、雨に打たれる紫陽花を楽しみにしていたのに、今年はそれも叶わなかった。