◆師走12月

紅葉

きのう、おとといと、そぼ降る雨が冷たく、気温も低かったけど、月が変わった途端のきょうは、まるで目を見張るような晴天が朝から待っていた。ここしばらく蟄居していたから、3月の啓蟄が訪れたようなこん心持ち、穴蔵から這い出して、終日歩き回ってしまった。さぼっていたせいか、たちまち脹ら脛が痛くなってきたが、だましだまし歩いている内に、段々痛さを感じなくなった。

気がつけば、きょうから師走12月、今年もあっという間に過ぎ去っていった。このピッチの早さにはただただ驚くばかり、年ふるごとに駆け足になってきた。日常生活では駆けるどころか、速く歩くのもままにならないちゅうのに、このギャップの違いにはあきれ返るだけだ。年が変われば、益々地獄の1丁目が近づいてくる仕掛けということだ。

「師走」とは本来は旧暦の12月の別称だが、いまでは新暦12月のこととして普通に用いられている。師走という言葉については、諸説あるけれど、師とは坊さんなり、坊さんが走る「師馳(は)せ月」(しはせづき)だというのが一番有力のようだ。昔は正月も盆と同じように祖先の霊をともらう月だった。お経をあげるため、お坊さん(法師とか導師と言っていた)があちこちの家々を忙しく走りまわったのが語源だという。
 
いつから始めたか判然としないが、月初めの日には「師走12月」のように、そのいわれを書き出しに当ててきた。そこでおさらいだが、1月睦月1月、如月2月、弥生3月、卯月4月、皐月5月、水無月6月、文月7月、葉月8月、長月9月、神無月10月、霜月11月、師走12月という順番だ。まるでスラスラと出ているようだが、けっこう手間取った。まず皐月5月は競馬の皐月賞との兼ね合いで、かなり迷ってしまったし、文月7月、葉月8月、長月9月は中々思い出せなかった。ことほど左様に、記憶力の減退が嘆かわしい。

文献による異説の中では、<師走とは、12月は1年の終わりの月であり、総仕舞いの意味の「仕極(しは)つ」が語源との説。「し」が仕事の「し」で「はす」の方は「果てる」の意味。仕事仕舞いの月、つまり仕事が終わるという意味> <為す事が終わる。「師走」とはもともと「為果つ月(しはつつき)」であり、1年の終わりの物事をなし終えるという意味があったらしい><年が終わる。師走とは「としはつるつき」や「としはするつき」がなまったという説、これは歳が果てる、年が終る月という意味らしい)など、もっともらしい説もある。