◆雨模様

暗い一日

朝から久し振りの雨である。それもかなり激しく、さながら驟雨のような趣さえある。干天の慈雨というが、秋後半の、あの寂しげな霖雨とは違う。この時期にしては雨が明るいのである。朗らかなのである。元気がいいのである。雨が口笛を吹いているんである。さながら麦雨の様相を呈している。秋霖の時節なのに、この風情って、気温が異常に高いことと、この時期特有の北風ピッピがないからだろうか。

普段雨に当たらない場所に置いてある鉢物を抜き出して、雨が当たるベランダ周辺に一斉に並べた。「大将!いつもこうされるのをじっと待ってたんだ」とでもいわんばかりに、草花が精一杯の芳香を放ちながら話しかけてきた。「悪いことをしたね」って、謝りながら、いつのまにか雨の歌を口ずさんでいる。八代亜紀のヒット曲「♪あめあめ降れふれ もうっと降れ振れ♪」、ついでに、欧陽菲菲の「♪小糠雨降る 御堂筋♪」。

どちらも女の怨歌なのだが、女の涙というより、より逞ましくて、溌剌としていて、女の強さを強調しているようなポシティブ表現だ。しんねこむっつりした演歌とは一線を画しているからこそ、雨の歓びに対して自然に口ずさんでしまうのだろう。なんて、取り止めのないことをくっちゃべっていたら、雨が小降りになった。まあ、予報によれば、きょう一日は終日雨模様とのこと、ベランダの草花も思いっきり雨に当たって青春を回帰して欲しい。

雨の歌って哀しげな歌詞が多いね。雨の醸し出す雰囲気が別れの予感を誘うのだろうか。それも一方的に女性サイドからの嘆き節だよねえ。もっとも、これらの歌はいわゆる演歌の範疇だから、いまどきの歌にはあまり取り入られてないのかもしれない。更にいえば、おかしな英語混じりの歌がはやっているようで、何を言いたいのかさっぱり分からない歌も多いようだ。

このところ、左足脹ら脛の軽い肉離れもあって、ピーカンの日でさえも、ベランダで日光浴をするのが精一杯、大いに怠けている。お天道様に申し訳ない気持ちも含めて、後悔の念にさらされている。唯一の運動である歩きを放棄しているんだから、体調もいいはずがない。これまで天気がいいのに出掛けないなんて、コチトラの辞書にはなかった。だからというわけではないが、雨降りの日はほっとする。始めから、今日は雨だからゆっくり休もうって、心置きなく決心できる。だからだろうかか、雨の日はなにか心が安らぐのである。