◆眺望

秋の空

「デルフトの眺望」というオランダの画家フェルメールの名作がある。現存する40枚弱の作品の中では数少ない風景画の一つで、17世紀のオランダの田舎町の風景を巧みに切り取っている。フェルメールはその生涯で、デルフトの町を出たことがなかったというから、驚きである。だからこそ、数少ない作品が散逸を逃れたのかもしれない。

デルフトは、オランダ南ホラント州の古都。この絵は縦96.5?×横115.7?。フェルメール作品中4番目の大きさだ。モチーフは、大空が広がるのびのびとした市街風景だが、印象はむしろ緻密さを感じさせられる。色彩のアンサンブルは、空が水色、川が紺色、街や地面は茶色や山吹き色と、全体的には青系統と山吹・茶系統の組み合わせとなっている。とにかく、青色系と山吹色系の組み合わせは、フェルメールの絵の特色の一つだろう。

月1回豊洲にある昭和大学病院内科へ定期検診のため通っている。予約時間は午前11時半、一番遅い予約時間である。着く早々、採血のため呼ばれるが、これはしめたと喜ぶのは捕らぬ狸の皮算用、診察の順番が回ってくるのは早くて1時間半後。だから、受付に断りを入れて、既に買いそろえているおにぎりとお茶を持って、8階にある食堂を目指す。ここからの眺望はまさに眺望絶佳という雰囲気だった。

東京タワー、晴海埠頭、レインボーブリッジ、晴海運河、お台場が一望の下に見下ろせた。この間には高い建物が皆無だったからである。この病院へ通うようになって10年近く経っているが、その間3度の入院も経験した。だからというわけでもないが、勝手知った我が家といった気安さもある。ここの食堂のまずさには定評があるから、絶対ここでは昼食を注文しない。

眺望絶佳だったという表現は、ここ数年の内に、眺望がドンドン悪くなっているからである。雨後の竹の子のように、超高層ビルが乱立し、眺望絶佳の前に厚い壁を敷いてしまった。東京タワーは建物の陰に隠れてとっくに見えなくなったし、レイボーブリッジは辛うじて見えるものの、遠く霞んだ存在になってしまった。眺望は悪くなったけど、胸がすっきりすることは、まだ残っている。っていうのは、この豊洲界隈は常に上から圧迫感を受けるような町並みになってしまったから、上から見下ろすのは、気分がすっきりする。

豊洲病院は今年春過ぎに、江東区初めての広域指定病院に指定され、モノレール豊洲駅近くの都有地に移転することが決まった。完成するのは5年先とのことだが、このすっきり感を味わえるのは、いまの内となってしまった。移転先が超高層ビルになるのかどうかはまだ分からないけど、だいいち、それまで生きていられるかどうかも分からないし、ヨボヨボになって超高層でもあるまい。