◆恋の片道切符

深川祭

「カチカチカチン」駅員がリズムカルに刻むキップ切りのハサミ(改鋏)の音がする。それに誘われて乗客たちが改札口に吸い込まれていく。自動改札機が珍しかった70年頃、駅ではそんな光景が一般的だった。西部劇のガンマンよとしく、指にかけたハサミをグルリと回す手さばきも時々見られた。1秒に2−3枚のキップをさばけて当たり前、別の客の質問に答えながら、手元も見ずにハサミを入れる、まさに神業だった。

降車客からキップを受け取る集札も神経を使った。キップも切り込みの形(鋏痕)は駅によって違っていた。同じ駅でも時間によって変えることもあった。形を見ればどこでいつ切られたが分かる。駅員は受け取ったキップを一瞬で判別、料金の不足やキセル不正乗車)を見極めた。(サザエさんをさがして・朝日新聞B版)

こういう記事っていいなあ。ああ、すっかり忘れていたけれど、その光景が目の前にパッと浮かび上がってくる。自動改札が当たり前のいま、それも切符を買わずとも、カードやお財布ケータイをかざすだけで、あっという間に改札口を通り抜ける。そんな無意識のうちに行っている行為がいかに無機質であるかを思い出してしまうのだ。

思い出せば、何回かキセル乗車で捕まったなあ。あの時の駅員は恐かったね。サンザン怒鳴られた挙げ句、お説教、ピンク色の細長い紙に幾つかのハサミをいれた用紙を差し出され、通常料金の3倍の金額を支払わされた。キセルの元になったキップは当然のこと、定期券まで没収されそうになったこともある。

学割定期券っていうのは、いってみればどこのこ行ける免罪符、50%割引という、この途方もない小さな紙切れ1枚で、1銭のゼニがなくても、とにかく学校には行けた。学校に行けば友達と会え、昼飯にありつけた。板橋から新宿まで10円、スクールバス片道7,5円、三本立て映画が恵比寿名画座で30円、学食のカレーが25円の時代。キセル区間の料金の3倍(ほぼ150円)もぶったくられた上、定期券まで没収されたら、明日から生活も出来ない。必至に懇願してなんとかチャラにしてもらったけど、いいようがない屈辱感に身が震えたね。

恋の片道切符がいかに高くつくか思い知らされたが、だからといって止める気がしなかったのも事実、その後もずいぶん冷や冷やしながら、危ない橋を渡ったもんだった。カーペンターズは「恋の片道切符」を軽快なリズムで楽しそうに歌っているけど、あの曲を聴く度に、あの忌々しい屈辱を思い出し、冷や汗が流れたもんだ。