◆ライスカレー

恵比寿ガーデン

ここんところ、大好きだったカレーライスがちっとも旨くなくなった、っていうより、食べたくないんである。夫婦二人だけの生活になって、わざわざ手間をかけてカレーを作る、余して、翌日も食べるっていうのも味気なくなったし、だからといって、チンすればすぐ食べられる、お手軽なレトルト・カレーも、いかにもプロの味って趣があるけど、なんか取り澄ましていて口に合わない気がする。

ガキの頃、ライスカレーはもっとも嬉しいご馳走だった。今晩はライスカレーだよって、オバアチャンに宣告されると、遊びに出ていても、早く夕方にならないかって気が気じゃなかった。ごく素朴な風味のライスカレーだったけど、肉の大嫌いなおばあちゃんが、孫のために鼻をつまんで、肉のこまぎれを炒めながら作ってくれただけに、真心のライスカレー、ほんと、旨いなって思いながらガツガツと食べたものだった。

そして、たまに食べたのが近所の蕎麦屋から出前を取ったカライスカレー、これが絶品だった。あのマイルドな味わいは、いまでも確かな味覚として、しっかりと覚えている。そんなわけで、最近無性に食べたくなるのが、郷愁溢れる蕎麦屋ライスカレーである。小麦粉を丹念に炒めて作るとろみ、カレー粉、かつお節の出汁が絶妙に混じり合い、無造作に入ったジャガイモとニンジンとの程よく居心地のあるライスカレー、色は黄色目、決してカレーライスではない。

学生の頃、たまに金があったり、スポンサーと一緒のとき、必ず訪れたのがカレー専門店「なよ竹」だった。学生食堂のまずいカレーライスが35円だったのに、「なよ竹」は60円と高額だったが、それだけの値打ちはあった。肉のたっぷり入った、まろやかなライスカレーを食べながら、心豊かにスポンサーと語り合うのは、まさに値千金の一刻だった。

あと衝撃的だったのが、恵比寿にあった洋食店。元天皇の料理番を看板にしたシェフの店だけに、値段も高く、敷居も高かったが、バブルの時代思い切って入ったことがあった。注文したのは一番安い、ビーフカレーの5000円。注文を受けてから調理に入るから時間がかかるよっていいながら、カウンター席の目の前で調理が始まる。

まずタマネギを強火で丹念に炒め、黄金色に色づいてから、大量の牛肉を惜しげもなく投入し、ワインでフラッペ、ぱっと上がった炎の中で、別の鍋で暖めていたデミグラスソースをたっぷりと注ぎ、「はいお待ちどう」。その舌もとろけるような旨さといったら、なにに喩えたらいいんだろう、そう、最後の晩餐を食べたって感じ、傲慢不遜なシェフとともに、絶対忘れられない味だった。