◆秋の七草

ハギ

朝晩めっきりと涼しくなってきて、秋の到来を思わせる季節になってきた。夏の間のお天道様は、高みに聳えていて、ギラギラと輝いていたけれど、近頃は午前中は控え目ながらも、家の中に差し込んできて、その日溜まりに身を置きたくなる誘惑を感じさせる。でも、まだちょっと日差しが強すぎて、思わず転た寝をしたくなる快適さにはほど遠いようだ。

「秋の野に咲きたる花を指折り かき数ふれば七草の花
萩の花尾花葛花瞿麦の花 女郎花また藤袴朝貌の花」(山上憶良
秋の七草万葉集を代表する歌人の一人、山上憶良が上記の歌を詠んだことに始まり、秋を代表する花となった。これらの花はすべて野草であり、あでやかな春の花にはない楚々たる風情が人々に愛された。尾花はススキ、瞿麦はナデシコ、朝貌はキキョウのことである。

まあ、楚々と秋の七草というと、聞こえがいいけど、あまりに地味すぎて、花としての魅力はほとんどない。ハギ、クズ、ススキは花としての魅力を欠いているし、ナデシコは寂しすぎるし、オミナエシ、フジバカマの花なんて、ほとんど見かけない。唯一華やかなのはキキョウだけど、これとて人によって植栽されたものを多く見かけるだけだ。つまり写真を撮る側から見れば、被写体としての魅力にまったく欠けるのだ。

秋の季節を彩る花はなんといってもキク、でも、キクが本格化するのは11月始め頃、もう一つの目玉、モミジとイチョウはそれよりも後になる。年々地球変動の影響を受けて、本来の秋到来が遅れつつある。その間のつなぎが、秋の七草だけというのでは、あまりにも寂しすぎる近頃の秋といわざるを得ない。

仕方なく、景観を求めて都心を歩いてみても、どこも一様に同じような無機質な高層建築ばかり、そのあまりにも特徴を欠いた没個性的な風景に、シャッターを切る気にもなれない。日本橋も銀座も月島も豊洲も晴海も、その町が保っていた特有の町並みが、無残に破壊され、本来の魅力を失ってしまった。4-5年前に撮っていた映像を見比べてみると、当時喜々として写してきた町中が、すっかり変貌してしまっているのに気付き愕然とさせられるのである。

築地から明石町にかけて、路地裏に残っていた大正ロマンを思わす看板建築のほとんどが消え去ってしまった。便利、効率を重視せざるを得ない日本の現状だから、致し方ないとは思うが、少なくとも古い東京の姿を残す努力も必要なのではないだろうか。