◆警句

銀座歩行者天国

何もかも怪しかった今年前半を投稿川柳でたどってみよう。「六か月残す今年の気味悪さ」。3月荒川沖駅で連続八人殺傷事件が起こった、「包丁も拳銃なみになるおそれ」。そして、秋葉原、「天国と地獄の交差点になり」、「繁華街みんな目つきが悪くなり」、「列並ぶすぐに振り向く前の人」。再建を目指したはずの船場吉兆だったが、「何食わぬ顔で食わせる食べ残し」。未だに真相が究明されていない、中国のギョーザ問題も、「いくたびもギョーザの産地尋ねけり」、「命かけもの食う時代いきており」。次から次へと起こる新たな事態にギョーザも忘れられる、「チベットもギョウーザもガレキの下になり」。

さて、話題にもならない福田首相だが、「後期より末期をしめすこの数字」、「支持率と間違えそうな消費税」、でも「他人事と思えば楽し総理の座」なんだろうなあ。それにしても、なんにもせずに、まるで他人事のように、泣き言ばっかり言っている首相の出現なんて、前代未聞といえるかもね。チンピラ知事も頑張っている。「薄型の政治家テレビで幅利かせ」、「ものいえば朝令暮改新府知事」、「知事が泣き、その後府民が泣く手順」。元気のないのが大物都知事だが、「銀行は札作れると勘違い」、東西合わせて、「知事席の唯我独尊江戸なにわ」。

自民党は道路、道路と大騒ぎ、「この執念なにかあるのか道路には」、「通るバス減るのに増えていく道路」。冬柴国交相も一貫して元気、一生懸命謝っている、「国交相すっかり自民の顔となる」。「物価高給料だけが優等生」、「大砲は足りたがバターは底をつき」、「酒たばこそろそろ食をやめる番」、後期高齢者には応える、「日々暮らす特定財源わが年金」、道理も何もない厚生官僚の冷酷さ、「わけもなく区切りにされた七十五」「人の期限も七十五年」。「老いを看てすぐ老いが来る世の無常」だけど、ならば開き直って、「国がその気なら意地でも長生きし」ようじゃないか。

「山動き山が崩れて山が消え」岩手・宮城地震から1カ月、「もしかして人は無用とでも地球」、「人の死が万の単位で数えられ」、中国・四川大地震は決して他人事ではない。だが、「わが国もあるのは死者の試算のみ」、現実はお寒い限りだ。でも、われわれは今日を生き明日も生きたい。「明日あると明日の服置く枕元」「生きていくみんな辛いが素手で生き」。(朝日新聞コラム「平成落首考」より)