◆かゆいの

くちなし

切られ与三の残骸が、日の経つにつれ、盛り上がってきて、かさぶただらけになってきた。そのかゆさといったら、もうたまらないね。ナースにかゆみ止めの薬をくれっていったら、いま、やっと治ろうとしているんだから、我慢しなさいというご宣託。奥さんが使っている保湿剤でも塗った方がいいというアドバイスも。ああ、かゆいのなんの、頭をかきむしりたい心境だね。不潔だなあって思っていた石坂浩二扮する名探偵、金田一耕助が羨ましくなってくる。

それにしてもバカなことをやってしまったよ。中途半端に伸びた白髪が、なんとなく貧乏くさくて、せっかく元気になったんだから、見事なハゲチャビンにしてやろうと、8階の売店で買った安物の安全カミソリがこんなに切れないなんと夢にも思わなかったし、鏡もなしにやみくもに剃ったツケも大きかったね。周囲にかっこつけようって魂胆がものの見事に外れ、病院中の笑いものになってしまったんだから、ミジメ、ミジメもいいとこだった。

アラ、頭を血だらけにしてどうしたのって、ナースに言われて、初めて気がつくお粗末さもあったが、会うナース、会うナースが思わずプっと吹き出す始末だったから、よっぽどひどかったんだろうな。トイレの鏡でわが頭を眺めて、あまりのひどさに気を失いかけたよ。熱いタオルで頭を隠し、ほうほうの体で、自分の部屋に逃げ込んだよ。そこへまた追いかけるように、年配のナースが出た血は出しっぱなしにしておきなさい、ってキツーイ一言、その方が治りがいいんだって。

金田一 耕助といえば、横溝正史推理小説に登場するおなじみの探偵。ボサボサ頭にお釜帽をかぶり、セルの袴に下駄履きといった姿が印象的である。作者のエッセイ「金田一耕助誕生記」によれば、金田一耕助の風体は劇作家の菊田一夫がモデルといわれ、一見小柄で貧相だが、うちに大いなる才能を秘めた人物」としてチェックし、名前も当初は「菊田一○○」と付けようとしていたという。

だが、これは菊田に失礼だろうという事で取り止め、疎開前に住んでいた東京・吉祥寺で隣組にいた、言語学者金田一京助の弟、金田一安三の表札を見ていた事から、「菊田一」に近い苗字である「金田一」を取り、名前は“京助”をもじて「耕助」と付けた。また耕助の興奮すると頭を掻く癖は横溝自身の癖を誇張したものだそうである。