どしろうと

アジサイ

入院当初、とても御厄介になったのが点滴による治療である。日に何種類もの点滴を受け、次第に元気を取り戻していけるんだから、ありがたいもんだ。ところで、点滴っていうやつ、ご存じのように、静脈に針を刺し、そこからへ管をつなぎ、薬液を点滴するわけだが、1か所だけでは、耐久力がなくなってしまうので、何回か点滴する場所をかえなければならない。最初の時こそ、熟練した医師がやってくれるから安心だが、取り換え作業はどういうわけか、若い医師か、ナース見習いの仕事となる。

点滴取り換えにやってきたのは若い医師だった。最初からオドオドしているし、見るから自信がなさそうだったから、こいつ新米だなってすぐに見破ってしまった。果たして「ちょっと痛いですよ」って言葉を何度か聞き、都度それ相応の痛い思いをし、挙句の果てに「失敗しました。申し訳ありません。ちょっとお待ちください、ほかの人と代わりますから」っていって、そそくさと出ていってしまった。「おいおい、ひどいじゃないか、こっちは生身に人間だ、どうしてくれるんだ」。

いってみれば、潮干狩の熊手を小さくしたような道具で、ガリガリと細い血管をひっかくような作業だから、やる方も難しいだろうが、やられるほうもたまったもんじゃあない。結局プロがやってきて、手際よく一丁上がりとなった。なんだか生体実験をやらされているようで不愉快だったが、しおれた顔をして後ろからそっとのぞいている新人の姿を見ると、思わず噴き出しちゃったよ。

数日経ち、もう点滴のお世話にならなくなったころ、新しく入ってきた患者がいて、そこでまた同じ声を聞いた。こいつ、きっとまた失敗するだろうと思っていたら、案の定、尻尾をまいて逃げて行った。違う日、別のベッドで若いナースの声、「すいません。失敗しました」。おいおい、どうなってるんだ、この病院。こんな大切なこと、若いのに任せていいのか。あとで年輩の看護婦に聞いた。

「夜の点滴交換は当直の医師や練達のナースが少ないから、はやく若手に覚えてもらいたいのだが、中々思うようにいかない」。その時はなるほどねって半ば納得したんだが、きのうの新聞によれば、三重県伊賀市の整形病院で点滴治療を受けた外来患者が体調不良を訴え、うち1人が死亡11人が入院、いずれも鎮痛薬を静脈注射された後、腹痛や発熱などの症状が見られ、院内感染らしい。おいおい、他人事じゃあないよね。