◆光と影

チョウジギク(ムラサキ)

初来日を果たしたオランダの至宝、フェルメール「牛乳を注ぐ女」が一般公開され、相も変らぬ物好きな日本人がどっと押し寄せて、大変な騒ぎとなっているようだ。フェルメールの絵画はたったこれ1枚だけ、あとは当時の風俗画ばかりで、芸術的評価の低いものばかり、だれが商売上手なのかは想像するとして、こういのを一攫千金というのだろう。多数押しかける観衆の列を見ながら、カーテン裏では、毎日高笑いが止まらないだろうね。

それにしても、この絵、40cm足らずの小さな絵だったのには驚かされたね。あんな小さな絵じゃ、パンダならともかくとして、順番に見せられる観衆には、大雑把な印象しか残らなかったに違いない。しょうがないから、目録を買って見直す、そこで、主催者にはまた、大きな儲けが出る、なんというありがたい話だろう、まさにお客様は神様ですって思いだろうね。

あんな小さな絵の中に、常識では考えられないほど、色々なものが書き込まれていて、そのどれもが光と影を伴っているというのが素晴らしいね。真っ白に塗られた壁の一部にクギが刺さっていて、そのクギにも窓からの光を受けて影が描かれているし、クギを抜いた穴のまわりに鉄さびまで描かれている。こうした克明な描写が嫌味とはならず、かえって静謐さを保つ力になっているのがすごい。

田舎の女、または農婦、または使用人、そのどれとでもいえそうな平凡な女性をターゲットにしながら、この絵のもっとも注目すべきことは、スカートとテーブルクロスの一部に、高価な宝石ともいえる究極のブルー「ラピスラズリ」をふんだんに使っている点にある。オランダのデルフトから生涯外へ出たことのない、平凡な市民階級に属していたフェルメールが、いかに理想の色を追求していたかは分るとしても、どうして、このような贅沢ができたのかが不思議でならない。なりわいが宿屋の主人だったから、世界の最新情報に通じていたとしてもだ。

ラピスラズリは当時世界でも、アフガニスタンでしか採掘できなかった貴重な産物であり、ルビーやエメラルドにも匹敵する超高価な宝石だった。一介の市井人には簡単に手に入る代物ではなかったはずである。後世、日本の北斎が浮世絵の傑作「凱風一晴」で、見事な青を縁取りに使って評判になった。でも、このプルシャンブルーはドイツの科学者が開発した人工のラピスラドリで、比較的手に入りやすかった。それだけに、フェルメールラピスラズリとの出会いには謎を感じるのだ。