◆ラオ屋

廃屋

きのうの続きで、こんな話は自慢もできないが、もう時効だからいいだろう。生涯最長のキセルは東京―京都間を10円の入場券だけで乗車したことだろう。京都駅で待ち合わせた友人から京都駅の入場券を貰い、図々しく降り立ったものだった。当時、駅の外と内は改札所を離れると、簡単な仕切りだったから、切符の手渡しなんかチョロイものだった。さすがにやらなかったけど、この辺りを飛び越える猛者も多かった。

キセルという代物、正式にたばさんだことはなかったが、タバコを吸うようになった高校生の頃、やはり興味津々な対象物だった。巻きタバコがまだ、手に入りにくかったから、オヤジは安い刻みたばこやシケモクをキセルに詰めては吸っていた。さっそく真似して吸ってみたんだけど、タバコはからいし、手入れが行き届いていないから、羅宇からヤニがドロリと口ん中に入り込んできた。

キセルは羅宇と呼ぶ中空の竹管の両端に、真鍮や銀でできた雁首と吸い口がはめ込まれている。紫煙を通す羅宇は天然のフィルターになっていて、ヤニがたまればすげ替える。雁首や吸い口を彫金や象嵌で飾り付けた凝った作りは喫煙具の域を超えた美術工芸品だった。鬼平が亡父の煙管を大事にして、折り目の時だけに、うまそうにスパスパと吸う情景は羨ましかったな。そんなに大切にしている煙管をこともあろうに、枕元から盗んでしまった怪盗がいるんだから、世の中面白い。

中学生ごろまで、下町では羅宇屋(らおや)を時々見かけたし、「らお〜〜〜」という物売りの呼び声も聞いたことがある。羅宇屋とは煙管の修理と清掃が専門の職人で、特徴は、「装束」と「ピーー」と音のする小さなリヤカーを引いてくるため、遠くからでもすぐに分かる。 頭には菅笠をかぶり、黒のパッチを身に付け、小さな前掛けをかけ地下足袋でリヤカーを引いてくる。

「ピーー」と音のする原理は、ラオ竹を加工するために小さなボイラーのようなものを稼動させ、蒸気が出ている煙突に笛を付け蒸気の圧力を利用しているためだった。お客がキセルを持っていくとその場で預かり、一時間程度で新品同様にしてくれる。掃除だけの場合と、竹の交換、金具の交換など色々と対応していた。リヤカーには道具箱のほかショーケースもあり彫り物がしてあるような高価なものから一般の価格の商品までが数は少ないながら陳列していた。