◆食べたい

チョウセンアサガオ

胃潰瘍で入院してから2月ほどが過ぎた。旧聞に属するので恐縮だが、病院で食事が解禁になった入院後3日目の晩飯は、旨いとか、不味いとか、料理を味うなんて余裕はとてもなかった。食べられるものであればなんでもいい、たとえ、ウサギのフンでも食べてしまっただろう。空腹で極限に置かれた飢餓状況のあさましさにはわれながらあきれ果てたね。病室で徘徊状態が目立った老人の獣じみた食べ方に、そして、食べているときだけが正気という怖さに慄然としたが、他人様のことを批判できる立場では決してなかったね。

ふだんから好き嫌いが多く、おそらく病院の食事で出される料理の大半は食べられないだろう。素材も悪いし、まずなんといっても病院食だから、味はきわめて薄いし、不味いわけで。常態ならほとんど残すような食事内容だったが、空腹を満たすのには選ぶ立場にないもののほうが圧倒的に弱い。サバの煮付けも、鳥のレバーも、トリの肉でも、出てきたものは無感動に食べつくしたね。ご飯粒一つ、汁のあとさえ残さずしゃぶりつくしたね。だからといって、シャバに戻ったら、トリやサカナを食べようとは決して思わなかったけどね。

シャバに戻ったら食べたいと思ったのは、なんともちゃっちい物ばかりだったね。まず、ノリとゴハン、タマゴかけご飯、シラスと大根おろし、ヤキソバ、そして、なんといってもソバ、ウドンの類だったね。家に戻ってからしばらくは引きこもっていたから、ソバ、ウドンは食べたくてしょうがない。近所の蕎麦屋に食べに行ったけど、意外に感動が少なかった。味に関係ないカレーウドンを注文したのがいけなかったのかなあ。

こういう時って不思議なもので、生きているうちにもう一度食べたいと思っているものは、出てこないものだね。生ウニ、アワビの刺身、ハマグリの煮びたし、どんこの付け焼き、ホワイトアスパラガス、ステーキの脂身でつくったガーリックライス、オニオングラタン、豆腐となめこの赤出汁、アナキュウの手巻き、アオリイカの刺身、貝柱のかき揚げ、ブリの照り焼き、サワラの西京焼、ホタルイカの刺身、立田野のあんみつ、牛脂入りの練り切り、防腐剤なしのドラヤキ、などなど。