◆あの頃

ピンカミノール

いつの頃かクラシック音楽にのめり込み始めたのは、ドボルザークの「弦楽四重奏アメリカ」を聞いたときだった。室内楽の奥ゆかしさに触れ、病膏肓となり、ベートーベン全集を買い集めたり、バルトークヤナーチェックまで手を伸ばしたりした。だが次第にこの閑かな雰囲気があき足らなくなり、華やかな交響曲へと好みが傾斜していった。というより学生時代への復帰を果たしたことになる。

あのころ、渋谷や新宿の名曲喫茶店「らんぶる」「田園」に入り浸り、名指揮者の演奏をそれこそ貪り聞いたものだった。その時代を代表する指揮者は、トスカニーニワルターフルトベングラーストコフスキー、ビーチャム、ヨッフムなどだったが、耳が慣れてくると、あっ!これはトスカニーニだ、ワルターだって指揮者の名前をズバリ当てることが出来た。むろん、それは一刻のこと、社会人になってしまうと、そうした神技はたちどころに消えていて、ただ漫然と聞き流すように成り下がっていた。

そんなある日、神の歌声を聞いたのである。当時まだそれほど有名になっていなかったザ・ビートルズの初期の名曲「ビコーズ」だった。まさに神の啓示を受けたようなショックでしばし身体が震えていたね。無伴奏アカペラ男性4部合唱、ベルカント唱法、その素晴らしいハーモニーと森厳さに打たれ、初めてビートルズって何者って興味を抱いたしまったのである。ザ・レターメンが歌ったビートルズ作曲の「ラブ」にも痺れたね。ビートルズの良さは平易な歌詞と見事なアンサンブルで、ロック調のものは興味なかったが、「イエスタデイ」「ミッシェル」「サムシング」「レットイットビー」「ロングワインディングロード」などリリックな曲には大いに魅了された。

当時ロック・ミュージック界で弾け始めて来た、「ローリングストーン」「ザフー」「レッドツェッペリン」「ポリス」「ピンクフロイド」などのグループには見向きもしないでビートルズ命を持ち続けたね。サイケ調の派手な格好をし、スチールギターをガンガン鳴らす、あの騒々しい音楽には見向きもしなかったのである。

その一方で、カラオケ全盛の黎明期だったので、自分の声に合う、これまた、ビートルズに啓発されたポップ・シンガーにも傾倒していくのである。いわく、小椋佳井上陽水桑田佳祐率いるサザン・オールスターズなどである。この節操のなさ、自分ながら見事なんだけど、頭ん中は交通整理されてないので、まさに神仏混淆、ごった煮状態という有様だったね。